新潟市 會津八一記念館

會津八一について

晩年(1946~1956)

65歳|昭和21年(1946)

5月、「夕刊ニイガタ」創刊にともない夕刊新潟社の社長となり、新潟市南濱通二番町に転居する。

66歳|昭和22年(1947)

4月、歌集『寒燈集』と、5月、書画図録『遊神帖』を刊行する。

67歳|昭和23年(1948)

早稲田大学名誉教授となる。

68歳|昭和24年(1949)

5月、従兄弟中山後郎の娘蘭を養女とする。

69歳|昭和25年(1950)

1月、新潟日報社の社賓となる。

(「夕刊新潟社」が新潟日報社と合併)

8月、新潟県立図書館に「みやこべを」、10月、東大寺「おほらかに」、唐招提寺「おほてらの」歌碑建立。

70歳|昭和26年(1951)

3月、新潟市名誉市民に推挙される。

『會津八一全歌集』を刊行、これにより読売文学賞を受ける。

72歳|昭和28年(1953)

2月、宮中歌会始の儀に召人として臨席する。

10月、『自註鹿鳴集』を刊行。

73歳|昭和29年(1954)

8月、杉本健吉との共作「春日野」刊行。

早稲田大学會津博士記念東洋美術陳列室が移転、再開する。

74歳|昭和30年(1955)

11月、香川県五剣山八栗寺の鐘銘を揮毫。

北方文化博物館新潟分館に「かすみたつ」の歌碑建立。

75歳|昭和31年(1956)

11月21日、冠状動脈硬化症により永眠。

戒名は生前に自撰した「渾齋秋艸道人」、墓は新潟市西堀通三番町瑞光寺にある。

新潟南濱通伊藤邸清行庵にて
(昭和24年)

新潟県立図書館建碑式にて
(昭和25年)

宮中歌会始に出席
(昭和28年)


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