會津八一について
歌人としては寡作な會津八一ですが、全国各地で歌を詠みました。
現在、その歌の一部が歌碑として建立されています。
また、歌が詠まれた地域を越えて、歌碑は敬慕する方々の手によって制作されています。
個人の邸宅から公共の施設まで、奈良、新潟以外の自筆歌碑を紹介します。
全国
法融寺
- 建立年
- 昭和35年11月21日
- 建立場所
- 東京都練馬区関町東1-4-16
- 出典
- 『南京新唱』「村荘雑事」
- 歌作年
- 大正11年9月~大正13年
- 建立者
- 渾齋同人
- 石材
- 生駒石
- 制作者
- 喜多桝太郎
- むさしのの くさにとばしる むらさめの
いやしくしくに くるるあきかな - 武蔵野の草にしきりに雨が降る。いよいよ秋も深まるなあ。

法融寺は、練馬区にある寺院。住職が八一の門下生であったことから生前に「信願道場」という額を与えられました。歌碑のほかに墓碑があり、分骨されています。
早稲田大学坪内博士記念演劇博物館前
- 建立年
- 平成10年10月21日
- 建立場所
- 東京都新宿区西早稲田1-6-1
- 出典
- 『山光集』「校庭」詞書〈四月二十七日ふたたび早稲田の校庭に立ちて〉
- 歌作年
- 昭和19年4月
- 建立者
- 早稲田大学坪内博士記念演劇博物館
- 石材
- 御影石
- 制作者
- 森章二
- むかしびと こゑもほがらに たくうちて
とかししおもわ みえきたるかも - 古人(恩師・坪内逍遙先生)が朗々と声を張上げて卓を叩きながら講義なさったあのお顔が、今にも見えるかのようだ。

早稲田大学校内にある演劇博物館は、坪内逍遙を記念して1928年(昭和3)に開館。1998年(平成10)、演劇博物館創立70周年を記念して建立されました。
高橋家
- 建立年
- 不詳
- 建立場所
- 栃木県今市市吉沢
- 出典
- 『山光集』「雁来紅」
- 歌作年
- 昭和15年9月
- 建立者
- 高橋平三郎
- かまづかの したてるまどに ひぢつきて
よをあざけらむ とごころもなし - 葉鶏頭の赤く照り映える窓に肘をついて、世間をあざけろうなどというしたたかな心など私にはないのだ。

風景館
- 建立年
- 昭和45年7月11日
- 建立場所
- 長野県上高井郡高山村山田温泉
- 出典
- 『南京新唱』「山中高歌」
- 歌作年
- 大正10年7月
- 建立者
- 関谷小四郎
- 石材
- 郷路石に黒御影石はめ込み
- 制作者
- 戸谷喜一
- かぎりなき みそらのはてを ゆくくもの
いかにかなしき こころなるらむ - はてしない空のかなたに流れていく雲はどんなにか悲しい心を抱いているのだろう。

風景館は、長野県山田温泉にある旅館。1921年(大正10)6月、八一はこの地で「山中高歌」十首を残しています。
篠島北山公園
- 建立年
- 昭和62年2月
- 建立場所
- 愛知県知多郡南知多町大字篠島
- 出典
- 『鹿鳴集』「旅愁」詞書〈尾張篠島をおもふ〉
- 歌作年
- 明治40年8月~大正15年1月
- 建立者
- 南知多町観光協会篠島支部
- 石材
- 伊予青石に黒御影石はめ込み
- 制作者
- 鈴木勝治郎
- まどひくき はまのやどりの まくらべに
ひねもすなきし ねこのこのこゑ - 窓の低い浜辺の宿の夜、枕近くに一日中ずっと鳴き続けたのは猫の子の声だった。

篠島は、知多半島の先端にある島。八一は1921年(大正元)の夏、二回目の関西旅行の際に立ち寄っています。
四天王寺聖霊院
- 建立年
- 昭和59年9月
- 建立場所
- 大阪府大阪市天王寺区四天王寺1丁目
- 出典
- 『南京新唱』「南京新唱」詞書〈御遠忌近き頃法隆寺村にいたりて〉
- 歌作年
- 明治41年8月~大正13年
- 建立者
- 四天王寺絵堂の杉本健吉画聖徳太子絵伝壁画完成記念
- 石材
- 自然石
- うまやどの みこのみことは いつのよの
いかなるひとか あふがざらめや - 厩戸皇子尊は、いつの世のいかなる人でも敬わずにいられようか。

四天王寺は、大阪にある聖徳太子創建と伝えられる寺院。杉本健吉による絵堂の壁画「聖徳太子御絵伝」が完成奉納された記念として八一の歌碑が境内に奉納されました。
千里南公園
- 建立年
- 昭和62年5月
- 建立場所
- 大阪府吹田市津雲台1
- 出典
- 『寒燈集』「観音堂」
- 歌作年
- 昭和20年8月
- 建立者
- 「千里石ぶみの丘を創る会」
- 石材
- 黒御影石
- ひそみきて たがうつかねぞ さよふけて
ほとけもゆめに いりたまふころ - ひっそりとやってきて、誰が鐘を打っているのだろう。仏も私たちの夢に現われるこんな夜更けに。

宇原文学の森野外文学館
- 建立年
- 昭和56・7年頃
- 建立場所
- 兵庫県洲本市宇原
- 出典
- 『山光集』「雁来紅」
- 歌作年
- 昭和15年9月
- 建立者
- 島太郎
- かまづかの したてるまどに ひぢつきて
よをあざけらむ とごころもなし - 葉鶏頭の赤く照り映える窓に肘をついて、世間を見下してやろうなどというしたたかな心など私にはないのだ。

法界院1
- 建立年
- 昭和63年4月
- 建立場所
- 岡山県岡山市法界院1
- 出典
- 『南京新唱』「南京新唱」詞書〈唐招提寺にて〉
- 歌作年
- 明治41年8月~大正13年
- 建立者
- 法界院(本尊聖観音三十三年開帳記念)
- おほてらの まろきはしらの つきかげを
つちにふみつつ ものをこそおもへ - 大寺(唐招提寺)の丸い柱が月の光をうけ地上に影を落とし、その影を踏みながら懐古の思いに浸っている。

法界院は岡山市にある真言宗の寺院。住職だった松坂帰庵が、八一と交流をしていたことからこの地に歌碑が建立されました。
法界院2
- 建立年
- 昭和63年4月
- 建立場所
- 岡山県岡山市法界院1
- 出典
- 『南京新唱』「南京新唱」詞書〈奈良博物館にて〉
- 歌作年
- 明治41年8月
- 建立者
- 法界院(本尊聖観音三十三年開帳記念)
- 観音の しろきひたひに やうらくの
かげうごかして かぜわたるみゆ - 観音の白い額にうつる瓔珞の影をゆりうごかして、風の吹きわたるのが見えるようだ。

法界院3
- 建立年
- 昭和63年4月
- 建立場所
- 岡山県岡山市法界院1
- 出典
- 『會津八一全集』第四巻「鐘銘」
- 歌作年
- 昭和30年11月
- 建立者
- 法界院(本尊聖観音三十三年開帳記念)
- わたつみの そこゆくうをの ひれにさへ
ひびけこのかね のりのみために - 海の底を泳ぐ魚のひれにまでも、ひびけこの鐘よ、仏法のために。

片江風致公園(旧日本文学碑公園)
- 建立年
- 不祥
- 建立場所
- 福岡県福岡市城南区南片江4丁目
- 出典
- 『南京新唱』「南京新唱」詞書〈春日野にて〉
- 歌作年
- 明治41年8月~大正13年
- 建立者
- 吉川熊雄
- 石材
- 自然石
- かすがのに おしてるつきの ほがらかに
あきのゆふべと なりにけるかも - 春日野に照りわたる月光は隈なく澄んで、まさしく秋の夕べとなったのだなあ。























