2009年7月31日
八一の誕生日の話
明日8月1日は、會津八一の128回目の誕生記念日です。8月1日から「八一(やいち)」と命名しているので、一度聞いたら絶対に忘れない誕生日ではないでしょうか。ちなみに、1881年生まれの文化人を調べてみると、芸術家パブロ・ピカソ、小説家魯迅、岩波書店創業者岩波茂雄などがいて、時代の激動期に生きていたことを実感します。
さて、今年は冷夏といわれていますが、8月に生まれた八一は、バースデーカードと暑中見舞いを一緒にされることが度々あったようです。1951年8月1日に濱谷浩が八一にあてた書簡には、「暑中祈安 八月朔 先生はずい分お暑い時に御生誕なさったのですね」と記されています。
この濱谷の書簡にある「八月朔」の「朔(さく)」は、大漢和辞典で調べると「1日(ついたち)」という意味があるそうです。八一の号では「秋艸道人(しゅうそうどうじん)」や「渾斎(こんさい)」が知られていますが、「八朔郎(はっさくろう)」も俳句に熱中していた青年時代によく使用しています。八朔郎は、自分の名前にかけて名付けたのでしょう。
また、「朔」は「北方(ほっぽう)」という意味もあるので、新潟市生まれの八一にはぴったりの号だったといえます。今回の展示では、濱谷浩旧蔵の「さよふけて」の軸作品に「朔」という号で揮毫しています。
1951(昭和26)年8月1日 會津八一宛
濱谷浩書簡
(會津八一記念館蔵)
最後にお知らせですが、明日は8月1日の恒例イベント、八一祭が開催されます。
演 題:「會津八一と小川晴暘 ~学問と写真の出会い~」
期 日:平成21年8月1日(土) 午後2時~3時30分
会 場:新潟市美術館 講堂
講 師:小川光三氏(写真家、飛鳥園社長)
主 催:新潟市、財団法人會津八一記念館
受講料:無料
※申込は會津八一記念館(℡025-222-7612)まで。
8月1日は八一の生誕を祝うと共に、古美術写真の監修者という八一の業績に触れてみてはいかがでしょうか?
(学芸員・湯浅)
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2009年7月24日
「越後の七人の芸術家」の話
7月18日から新潟市内では、「水と土の芸術祭」が開催されています。この夏、展覧会場を巡回する方もいらっしゃるのではないでしょうか?ちなみに、會津八一記念館はパスポートを提示すると、団体料金(2割引)で入場できます。
展覧会といえば、濱谷浩は、高田市(現上越市)疎開中に2度の個展を新潟県内で開催しています。一つは1946年に高田で開催した「昭和20年高田の豪雪記録写真展」で、濱谷の生涯初の展覧会でした。もう一つは「越後の七人の芸術家」展で、1947年5月から新潟、長岡、柏崎、高田、糸魚川の県内5ヵ所を巡回しました。
7人の芸術家とは、小田嶽夫、堀口大學、松岡譲、相馬御風、小杉放庵、安宅安五郎、そして會津八一。戦後の間もない時期に、新潟で生活していた芸術家たちの姿が、濱谷の手で撮影されました。テレビ放送も始まっていない、フィルムや印画紙も少ない時代に残されたこれらの肖像写真は、地方文化の貴重な記録といえます。今回の展示では、7人の肖像写真と関連作品を一堂に展示しています。
さて、濱谷が芸術家を撮影する際、その人物の個性の表現することを重要視していたので、顔のクローズアップ撮影だけに執着していません。堀口大學や小田嶽夫の肖像写真のように、背景が全面的に画面を構成している作品も多く残しています。
先日、堀口大學の御息女、堀口すみれ子さんが展覧会を鑑賞された際、「父の写真は沢山ありますが、詩人・堀口大學を写したのは、おじさま(濱谷浩)だけです」とおっしゃっていたのが印象的でした。
この夏、新潟の芸術文化の礎となった芸術家たちの姿を記念館でご覧ください。
(学芸員・湯浅)

「堀口大學」1946年
濱谷浩撮影・個人蔵
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2009年7月17日
故郷の浜、寄居浜の話
今月15日に猛暑日を記録した新潟県内。海に飛び込みたくなる位、暑い日が続いています。
海といえば、「濱谷浩 會津八一博士を写す」展のポスターに使用している写真「砂丘に立つ會津八一」、実は当記念館の目の前の寄居浜で撮影されたものです。晩年の八一と故郷・新潟の雰囲気を、白浜と突風と日本海で表している、私もお気に入りの一枚です。
この写真は、歌集『寒燈集』の挿絵として採用されていますが、「雲際」7首など、一連の新潟海岸を詠んだ歌のイメージに重ねたのでしょう。この7首のうち3首は、歌碑として
新潟県立図書館
みやこべ を のがれ きたれば ねもごろに
しほ うちよする ふるさと の はま
「都べを逃れ来たればねもごろに潮うちよする故郷の浜」
會津八一記念館前
おり たてば なつ なほ あさき しほかぜ の
すそ ふき かへす ふるさと の はま
「降り立てば夏なほ浅き潮風の裾吹き返す故郷の浜」
會津八一生家跡
ふるさと の はま の しろすな わかき ひ を
ともに ふみ けむ とも を し ぞ おもふ
「故郷の浜の白砂若き日を共に踏みけむ友をしぞ思う」
にそれぞれ建立されています。
砂浜といえば、記念館周辺は、日本の白砂青松100選に選ばれ、北原白秋の詩「砂山」の舞台でも有名です。残念ながら現在、海岸浸食が激しい寄居浜の砂丘は、写真の中でしか見る事ができません。
濱谷浩が撮影した八一の肖像の背景も注目して見ていただきたいと思います。ちなみに、今回の展示では、寄居浜で撮影した作品6点を展示しております。
(学芸員・湯浅)
「砂丘にて・新潟市寄居浜」1947年4月
濱谷浩撮影・會津八一記念館蔵
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2009年7月15日
會津八一祭 記念講演会のご案内 ≪終了しました≫
終了しました。受講者の皆様、ありがとうございました。
演 題:「會津八一と小川晴暘 ~学問と写真の出会い~」
期 日:平成21年8月1日(土) 午後2時~3時30分
会 場:新潟市美術館 講堂
講 師:小川光三氏(写真家、飛鳥園社長)
主 催:新潟市、財団法人會津八一記念館
受講料:無料
定 員:120人
會津八一記念館では、會津八一の誕生日を記念した講演会を8月1日午後2時から新潟市美術館講堂(新潟市中央区西大畑町)で開催します。講師は、写真家小川光三氏。
小川光三氏は、日本の仏像写真の分野を切り開いた写真家・小川晴暘の三男で、仏像など文化財の写真と出版を専門とする飛鳥園を継いでいます。また仏教美術写真家としても活躍、さらには当館主催の「會津八一の歌を映す」写真コンテストの審査員を務めています。
来年で没後50年となる父・晴暘氏は、會津八一から指導をうけ、その写真は日本の各寺院をはじめ、海外でも高い評価を受けております。美術史家の八一と写真家の晴暘との出会いについて語って頂きます。
聴講希望者は住所、氏名、電話番号を記入し、往復はがきで7月27日まで會津八一記念館(中央区西船見町5932 ℡222-7612)までお送り下さい。応募多数の場合は抽選。
2009年7月10日
初公開、八一と濱谷の往復書簡!!
今回の展覧会では、初公開の作品と資料をたくさん出展していますが、會津八一と濱谷浩の130通余の往復書簡は、注目の新資料となります。晩年の八一と、30歳以上年下で新進気鋭の若手写真家だった濱谷の交流の詳細が、この書簡で明らかになりました。
書簡を読み進めると、八一の様々な姿を垣間見ることができますが、濱谷への愛情を感じる微笑ましい一通の書簡がありました。1952年5月19日付で濱谷に送った封書の中に、八一は、細川護立(細川護熙元首相の祖父)に宛てた名刺の紹介状を封入しています。その名刺には細かく濱谷の紹介が書かれ、八一の印まで押されています。
細川護立は、肥後熊本旧藩細川家第16代当主で美術収集家、梅原龍三郎などの芸術家のパトロンとして知られる人物。当時の濱谷は、新潟の高田から神奈川県大磯町に引越し、東京で活動を始めたばかりでした。八一は、そんな濱谷に活躍の場を与えようと、この紹介状を書いたのでしょう。
小さな名刺ですが、八一の大きな愛情が感じられる逸品です。
(学芸員・湯浅)
(會津八一「濱谷浩宛1952年5月19日書簡」
左 書簡原稿、右 名刺の紹介状 個人蔵)
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2009年7月 3日
企画展「濱谷浩 會津八一博士を写す」開催!!
本日7月3日より、企画展「没後10年 濱谷浩 會津八一博士を写す」が開幕。
国際的写真家集団「マグナム・フォトス」の参加、写真界のノーベル賞といわれるハッセルブラッド基金国際写真賞受賞など海外で高い評価を得ている写真家・濱谷浩(1915~99)。初公開となる130通を超える未公開の八一との往復書簡、濱谷浩旧蔵作品などから、二人の芸術家の親しい交流を紹介します。
二人の出会いは、1947年1月21日。八一の住居(新潟市中央区南浜通、現在の北方博物館新潟分館)で初めて撮影しています。
その中の1点「微笑・書斎」は、濱谷自身の随筆で撮影の模様が記されています。なかなか笑わない八一の笑顔を撮りたい濱谷は、最後に一つの質問をしました。
「先生、ほとけのくちはもゆべきものを、といった感じはどんな具合でせうか」といったところ先生は思わず微笑をされた。渾斎先生(注・八一の号)は微笑の姿で写された。
(濱谷浩「會津八一博士を写すの記」より)
撮影中に揮毫した歌を尋ねられて喜んだのか、あるいは仏像の唇を詠んで「會津のエロス」ともいわれた歌の内容を急に質問されたことに照れたのか、八一は笑みをこぼしました。
今回の企画展では、その微笑をうかべる肖像写真と、撮影時に揮毫した書の両作品を展示しております。
(学芸員・湯浅)
(左「あせたるを」個人蔵、
右「微笑・書斎」濱谷浩撮影・個人蔵)
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