新潟市 會津八一記念館

會津八一記念館ブログ『秋艸日記』

2009年11月27日

文化振興の話

 政治の世界では次世代スーパーコンピューター開発の予算削減など「事業仕分け」が話題になっています。文化事業の予算はいつの時代も削減されやすい分野で、少々残念な気がします。

 このニュースを受けて歴代ノーベル賞学者らが緊急声明を出しましたが、文化事業軽視に対する危機感は、八一が生きていた60年前も変わらなかったようです。今回の特別展で紹介している医学者で俳人の中田瑞穂は、昭和25年1月1日の新潟日報紙面、會津八一と高野素十との対談で文化振興についてこのように述べています。
 
 「ケチケチしてなんのかんのといって文化方面の予算はみんな削ってしまう。たとえばこんどの湯川(秀樹)さんのノーベル賞にしても、これじゃお祭り騒ぎに終わって一般の記憶にはいくらでも残らない」
  (略)
 「心からやってくれればいいのですよ。ゼニ、金ばかりが優遇じゃないのです。とにかく全体のレベルがもっと高くならなければいくらそういうことで声を大きく叫んでみてもなんにもならない」
 
 八一は、「全くその通り」と賛同していますが、この記事からも新潟の文化振興への情熱がうかがえます。
 さて、展示担当者はじめ、主催者が心をこめて開催した特別展「會津八一越の学び舎」は29日で閉幕。新潟大学医学部所蔵「北冥有魚」などが一堂に鑑賞できるまたとない機会です。
 
 11月30日から12月17日まで會津八一記念館は展示替え休館となります。この間の12月7日には第3回「會津八一の歌を映す」秋艸道人賞写真コンテスト審査結果が、浅井愼平審査委員長(写真家、大阪芸術大学大学院教授、TVコメンテーター)によって発表されます。ニュースにご注目下さい。
(学芸員・湯浅)
 
 
1954年6月28日
左より伊藤辰治、中田瑞穂、會津八一
中央に會津八一書「北冥有魚」(新潟大学医学部蔵)

2009年11月20日

命日と秋の空の話

 11月21日は會津八一の54回目の命日になります。秋艸道人(しゅうそうどうじん)と号した八一は、偶然にも秋草が散る頃、逝去されました。新潟では毎年、命日にあわせて菩提寺の瑞光寺(新潟市中央区西堀通)で「秋艸道人忌」記念行事が開催されています。

 
 昭和31年11月16日に倒れた八一が、入院したのは新潟大学付属病院でした。意識が混濁している中で「天下の會津八一を知らんか」と大喝したという、独往を貫いた八一らしい逸話が残っています。
 結局、昭和31年11月21日に看病の甲斐なく亡くなりました。その訃報を聞いた著名人や文化人が、新聞や雑誌に追悼文を寄稿していますが、俳人で医者の高野素十は、次の悼句を残しています。
 
 忽ちに雲の蔽ひし秋の天 
 (たちまちに くものおおひし あきのてん)
 
 素十が詠んだように、秋の空には八一を想起させる強いイメージがあるのかもしれません。瑞光寺で行なわれた新潟市、新潟日報社、早大校友会新潟市支部の合同葬儀でも、八一の次の短歌が朗詠されています。
 
 かすがの に おしてる つき の ほがらかに
 あき の ゆふべ と なり に ける かも
 (春日野におし照る月のほがらかに秋の夕べとなりにけるかも)
 
 開催中の特別展「會津八一と越の学び舎」展では、画家の杉本健吉が描いた「危篤の秋艸道人」や伊藤辰治筆の「會津八一先生剖検所見概要」など、逝去前後の八一を紹介しています。また、八一が高野素十に贈った書「素十精舎」など二人の交流の足跡を展示しています。
 特別展は今月29日まで開催。「天下の會津八一」をぜひ観に来てください。
 (学芸員・湯浅)
 
杉本健吉画「危篤の秋艸道人」
(新潟市會津八一記念館蔵)
 
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2009年11月13日

天つ乙女と秋の空の話

 秋晴れの日でも、記念館は日本海に面しているため、冷たい海風が防風林や松林のすき間を吹き抜けてきます。現在展示中の八一の書「松濤」(しょうとう・松に風の吹く音を波にたとえた語)は、そんな新潟の秋にぴったりな作品ではないでしょうか。暦の上では冬のようですが、まだまだ芸術の秋、特別展「會津八一と越の学び舎」は11月29日(日)まで開館しています。

 

 ところで、記念館主催の「會津八一の歌を映す」第3回秋艸道人賞写真コンテストは、本日11月13日(金)で募集締め切りとなります。ご応募された皆様、ありがとうございました。審査発表は12月7日(月)の予定です。
 この写真コンテストの大賞、秋艸道人賞受賞者には、賞状、賞金と、東京芸術大学学長・宮田亮平作のトロフィー「天つ乙女(あまつおとめ)」像が授与されます。この像は、奈良の薬師寺東塔三重塔の最上部、水煙(すいえん)に意匠された天女をモチーフにした作品で、八一の短歌に合わせて制作されました。
 
 すゐえん の あまつ をとめ が ころもで の
 ひま にも すめる あき の そら かな
 (水煙の天つ乙女が衣手のひまにも澄める秋の空かな)
 
 「天つ乙女」像は、八一の短歌と同じように、衣の袖のすき間から奈良の澄んだ秋の空が見えてきそうな、当館自慢の賞品です。
(学芸員・湯浅)
 
會津八一書「松濤」(個人蔵)
 
宮田亮平作「天つ乙女」(會津八一記念館藏)
 
 

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2009年11月 6日

秋と健康の話

 11月に入り、新潟は不安定な天候が続いています。紅葉狩りの季節ですが、体調を崩した方も多いかと思います。加えて大流行中の新型インフルエンザ。残念ながら、8日に上越教育大学で予定していた神林恒道館長の講演会は、学生の罹患者急増のため中止となりました。幸い記念館職員に発症者はいませんが、より一層の健康管理が大切だと、改めて気を引き締めています。

 健康といえば、會津八一は体格が良かった割に病弱だったようです。昭和18年11月には、奈良京都研修旅行で学生を引率した際に風邪をこじらせて、5ケ月間も自宅療養をしています。その期間、八一は病床に伏しながら「病閒」36首(歌集『山光集』所収)を詠みました。
 
  きのふ みし やま の もみぢば くれなゐ に 
  め には もえ つつ やみ ふす われ は
  (昨日見し山の紅葉葉紅に目には燃えつつ病み伏すわれは)
 
 旅先で見た紅葉を、自らの高熱の「赤」と生命の「赤」のイメージに重ねた「病閒」冒頭の1首。八一の豊かな色彩表現は病床でも発揮されています。
 
 ところで、今回の特別展では、八一が自身の体調を記した書簡を紹介しています。昭和30年12月26日中田瑞穂宛書簡には、楷書での揮毫を依頼されたせいで「平臥の必要を生じた」と不満を述べています。楷書嫌いの八一らしい文面であるとともに、承諾した揮毫は病気になる位、真剣に取り組んでいた姿勢がうかがえます。この書簡、全長4メートルを超える見応え充分の逸品です。
(学芸員・湯浅)
 
 
會津八一書簡
「中田瑞穂宛 昭和30年12月26日」(冒頭部)
(新潟市會津八一記念館蔵) 
 
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